この記事の結論
営業の属人化は、担当者の怠慢ではなく製造業の商談構造が生む結果です。技術の文脈・長い取引サイクル・営業機能の設計不在という3つが重なると、情報は必ず個人に溜まります。解消の道は、情報を組織へ移す「標準化型」と、全員の技術水準を上げる「属人性引き上げ型」の2つ。どちらを選ぶかが経営判断です。
あの人が辞めたら、あの取引はどうなるのか。
長く続いている顧客ほど、経緯を知っているのは一人だけ、という状態になりがちです。引き継ぎ資料をつくらせても、書き出されるのは連絡先と直近の注文履歴くらいで、なぜその仕様で決まったのか、誰の一言で採用が動いたのかは残りません。
この状態を「記録を残さない担当者の問題」として扱うと、たいてい解決しません。記録が残らないことにも理由があるからです。
営業の属人化とは何か──「担当者しか分からない」が生む状態
営業の属人化とは、顧客情報・商談の経緯・提案の勘所が特定の担当者の中だけに蓄積され、組織として同じ質を再現できない状態です。
ここで一度、似て非なる2つの言葉を分けておきます。
属人性は、個人が持つ力量そのものです。相手の設備を見ただけで更新時期の見当がつく、図面を見て工程の難所が読める。こうした力は、製造業の商談ではむしろ競争力の源泉になります。
属人化は、その力量が組織に還元されず、その人がいなくなると同時に消える状態を指します。問題は前者ではなく、後者です。
この区別を曖昧にしたまま「属人化をなくそう」と号令をかけると、現場は自分の力量を否定されたと受け取ります。改革が最初につまずくのは、多くの場合ここです。
なぜ製造業で営業が属人化するのか──3つの構造
では、なぜ製造業で属人化が起きやすいのでしょうか。取材アーカイブに残る記録から繰り返し見えてくるのは、次の3つの構造でした。いずれも、誰かの怠慢によって生じたものではありません。事業のかたちが、自然にその状態を選ばせています。
構造(1)商談が技術の文脈の上に載っている
BtoB製造業の商談は、カタログの説明では終わりません。顧客が困っているのは製品ではなく、自社の工程や設備の側にある課題です。その課題を聞き取るには、図面が読め、加工の制約が分かり、何が現実的で何が無理筋かを判断できる必要があります。
つまり、商談の入口に技術的な理解という関門があります。この関門を越えられる人が社内に限られていれば、商談はその人にしか回せません。情報を共有する以前に、共有された情報を扱える人が少ないのです。
構造(2) 取引のサイクルが長く、履歴が担当者の記憶にしかない
設備や部品の取引は、納入してから更新まで年単位、長ければ十数年単位です。その間に何が起き、どんな不具合をどう処理し、誰がどう判断したのか。この履歴は、伝票にも見積書にも残りません。残るのは担当者の記憶だけです。
流量計を専業とする創業1949年の計測機器メーカーY社は、この構造に正面から向き合いました。同社では長年、紙のまま眠っていた何十年分もの納入実績をデジタル化し、顧客の設備更新時期を予測できる状態に変えています。経験と勘に頼っていた営業を、データにもとづく予測型の営業へと進化させる取り組みです。
紙の実績が倉庫にあるうちは、それは組織の資産ではなく、読み方を知っている人の記憶の補助にすぎません。
構造(3)営業が「人」に割り当てられ、「仕組み」に割り当てられていない
3つ目が最も根が深い構造です。多くの中堅製造業では、営業は「担当者を置くこと」で成立してきました。エリアや顧客ごとに人を配置し、あとはその人に任せる。組織図は存在しますが、業務としての営業は設計されていません。
ブレーキ部品に特化し、約3,000社の顧客を持つ自動車部品メーカーK社は、この点で明確な言い換えをしています。同社は「技術継承」という言葉ではなく「仕組みの標準化」という発想を取り、専用の機械を自社開発することで、入社間もない社員でも一定の品質を再現できる体制を整えました。
人に覚えさせるのではなく、覚えなくてもできる状態を先につくる。営業においても発想は同じです。
営業の属人化を解消する2つの道──標準化するか、属人性ごと引き上げるか
ここからが、経営判断の分かれ目です。
属人化の解消というと、情報共有ツールの導入がまず思い浮かびます。しかし取材の現場では、それとは正反対のアプローチで同じ問題を解いている企業もありました。