この記事の結論
トーヨーコーケン株式会社は、ウインチやバランサを中心とした重量物搬送機器を手がけるメーカーである。代表取締役社長の渡邉一人氏がものづくりで重視するのは、顧客の声をただ集めるだけでなく、部門を越えて共有し、「何を形にすべきか」を組織として判断していくプロセスである。
営業、設計、カスタマーセンターなどから集まる声を整理し、製品開発へつなぐ。その一方で、部門間のコミュニケーションが十分でなければ、本当に顧客が求めるものを正しく製品にできないとも考えている。
既存製品だけにこだわるのではなく、時代や環境に合わせて必要なものを考える。その判断を一部の人だけに委ねるのではなく、一人ひとりが考えられる会社にしていくことが、渡邉氏の描くこれからの組織像である。
顧客の声を、製品開発の判断へつなぐ
製造業にとって、顧客の声は新しい製品や改良の起点となる。しかし、寄せられた要望をすべてそのまま製品にすればよいわけではない。何を拾い、何を形にするのか。その判断もまた、ものづくりの重要な工程である。
トーヨーコーケンでは、営業担当者や設計担当者が接点の中で得た情報に加え、カスタマーセンターへ寄せられる要望や意見、Webサイトからの問い合わせ、納入後の顧客アンケートなどから情報を集めている。
なかでも渡邉氏が重視するのは、顧客と直接接する場で得られる情報だという。
そうして集まった情報は、営業本部の中で一度整理される。
「営業本部の中で一度情報を集約して、これは新製品開発として適当かどうかをフィルターにかけます。その後、生産本部と開発審査会を経ていくという形です」
顧客から声が上がったことと、製品として開発すべきことは同じではない。現場から得た情報を受け止めたうえで、製品化する意味があるのかを社内で検討するプロセスが置かれている。
すべての要望をそのまま製品化するのではなく、製品として成立させる意味や優先順位を見極める必要がある。顧客の声を多く集めることだけでは、ものづくりは前に進まない。集めた情報をどこで受け止め、誰が判断し、開発につなげるのか。トーヨーコーケンの製品開発には、その間をつなぐ工程がある。
正しい製品を届けるための「情報共有」
製品が顧客に届くまでには、営業だけでなく、設計や製造など複数の部署が関わる。渡邉氏は、そうした組織でものづくりを進めるうえで重要なものとして、情報共有とコミュニケーションを挙げる。
「情報の共有化、コミュニケーションですね。これをしっかりしないと、お客様が本当に求めているものを、正しく製品として提供できません」
営業が聞いた要望の意図が、設計や製造へ十分に伝わらなければ、完成した製品と顧客が求めていたものとの間にずれが生まれる可能性がある。『顧客の声を聞くこと』と『正しく製品にすること』の間のギャップを埋めるのが、日々の情報共有に他ならない。
だからこそ、情報共有は単なる社内連携の問題ではない。渡邉氏にとっては、顧客が求めるものを正しく形にするための、ものづくりそのものに関わるテーマである。
社内のコミュニケーションについても、一度良い状態をつくれば維持できるものではないと考えている。意識して働きかけなければ、関係は変化していく。そのため、コミュニケーションを促す取り組みを続けているという。
渡邉氏自身も、社員から上がってくる日々の活動報告に目を通している。営業の日報に加え、技術部門の作業報告書や研修報告書、出張報告書などもWeb上で確認し、必要があれば本人へ直接コメントする。
渡邉氏は、現場で何が起きているのかに触れ、必要なときに言葉を返している。そうした接点も、組織内の情報をつなぐ一つの方法になっている。
顧客と製品の間をつなぐ営業
トーヨーコーケンでは、営業と技術の間にも一定の接点がある。
入社後、営業担当者は工場で製品の基礎を学び、その後は各営業拠点で先輩社員について技術的な知識を身につけていく。また、単に製品を売るだけでなく、案件によっては営業担当者が製品の据え付けや補修サービスに関わることもある。
顧客から不具合などの問い合わせがあった場合、まず営業が訪問し、営業側で対応できる内容であればその場で対応する。難しい場合には山梨事業所の技術メンバーへ支援を求める。
もちろん、すべての営業担当者が同じ技術レベルを持つわけではない。経験によって、ウインチに強い担当者、バランサに強い担当者もいるという。
それでも、営業を「売る人」、技術を「つくる人」と切り分けてはいない。営業にも、製品と現場を理解する機会がある。そこで得た情報が社内へ戻っていく。
顧客の声を製品開発につなげようとすれば、声を聞く側にも製品への理解が求められる。営業と技術の距離をどう設計するかも、同社のものづくりを支える一つの要素となっている。
「何のために事業をするのか」をそろえる
個々の判断をつなぐうえで、渡邉氏がもう一つ重視しているのが、会社として何を目指すのかを共有することである。
同社は渡邉氏が代表となった後、新たにパーパスを定めた。そこには、技術と信頼によってまず顧客に笑顔を届け、それを社員、社会へとつなげていこうという考えが込められている。
パーパスを設けた当初、社内にはそもそも「パーパスとは何か」という段階から説明が必要だったという。そのため渡邉氏は、その意味を噛み砕き、日々の業務にどう落とし込むのかを繰り返し社員へ語りかけてきた。
渡邉氏が重視するのは、その順番である。
「まずお客様に笑顔を届けないと、社員も笑顔になることは難しいだろうなと思います」
まず顧客に価値を届け、その先に社員の笑顔をつなげていく。この順番に、渡邉氏のこだわりがある。
パーパスは掲げるだけで機能するものではない。日々の仕事とどう結びつくのかを繰り返し伝える。製品開発や顧客対応の判断に迷ったとき、何のために事業を行っているのかへ戻れる状態をつくろうとしている。
時代に合わせて「よりよきもの」を考える
トーヨーコーケンには、長年にわたって使われてきた製品がある。一方で渡邉氏は、既存の製品を大切にしながらも、時代や環境に応じて新たに求められるものを考えていく必要があると捉えている。
その背景にあるのが、長く受け継がれてきた社是への解釈である。
渡邉氏が注目するのは、社是に特定の製品名が書かれておらず、「よりよきもの」と表現されていることだ。
「『より良きもの』というのは、その時代においてより良きものがあるんだと、私は解釈したいんですね」
何が顧客や社会にとって必要なのかは、時代や環境によって変わる。従来から求められてきた製品を大切にしながらも、それだけにこだわれば、新しく生まれる要求に応えられなくなる可能性がある。
だから、新しい機能や新しい製品へ挑戦する必要がある。ただし、新しいことをすること自体が目的なのではない。
顧客の声を集め、社内で判断し、社会や現場に必要なものを考える。長く続いてきた製品を持つ企業だからこそ、「何を残すか」と同時に「何を変えるか」を考え続ける必要があると渡邉氏は見ている。
一人ひとりが考えられる会社へ
渡邉氏が今後の会社に必要だと考えているのは、変化したときに動ける組織である。
将来を正確に見通すことが難しい中で、ものづくり企業は「何をつくるか」そのものを柔軟に考える必要がある。そのためには、発想の段階から多様な考え方が必要だという。
同社では、海外出身の人材も加わり始めている。異なる考え方を持つ人が意見を出し、それを製品として形にしていく。その積み重ねを、国内だけでなく海外にも届けられる会社にしていきたいと渡邉氏は語る。
同時に、変化への対応は、必要になった瞬間に号令をかければできるものではないとも考えている。新しいことに取り組むことを日常の中で繰り返し、少しずつ習慣にしておかなければ、環境が変わったときにも動けない。
そして、渡邉氏が目指すのは、経営者だけが次の方向を考える会社ではない。
新しいことに挑戦する。その先に何があるのかを考える。それが会社のこれからにつながるのかを、一人ひとりが考えられるようにしていきたいという。
顧客から届く一つの声。それを受け取る営業。製品として成立するかを考える部門。設計し、つくる現場。そして会社が何のために存在するのかという共通の基準。
それぞれをつなぎながら、次に何をつくるべきかを考える。渡邉氏が目指すのは、変化への答えをあらかじめ持つことではなく、変化したときに一人ひとりが考え、動ける組織である。
編集部の視点
トーヨーコーケンでは、顧客から集まる情報を社内で整理し、製品開発の判断へつなぐ流れを設けている。渡邉氏が重視するのは、その判断を支える情報共有と、時代に応じて必要なものを考え続けることである。読者のみなさんの会社では、顧客の声を集めるだけで終わらせず、自社のものづくりの判断へ変える仕組みを持てているだろうか。
取材:ものづくり経営フォーラム編集部/文:亀田君子