この記事の結論
1906年創業の尾張精機株式会社は、小ねじやシンクロナイザーリングを主力とする精密加工メーカーである。自動車産業の電動化により製品ごとの需要が変化するなか、岡野圭社長は工場集約と組織再編を進め、事業間の垣根を取り払ってきた。品質第一を浸透させるためのケーススタディや管理職による改善発表会を導入し、従業員が自ら課題を考える機会をつくっている。一方、新規開発機会が限られる事業では技術継承に課題が残り、工程図面などの整備を進めている。岡野社長が目指すのは、従業員とその家族が、会社の将来や自分たちの人生に不安を抱かずにいられる組織の姿だ。
120年の歴史と、異なる方向に向かう二つの事業
1906年に創業した尾張精機株式会社は、時計や航空機部品、自動車部品など、時代の変化に応じて事業を発展させてきた。現在は自動車部品が事業の約97%を占め、小ねじとマニュアルトランスミッション(MT)に使用されるシンクロナイザーリングを主力製品としている。
代表取締役 社長執行役員の岡野圭氏は、創業から120年を振り返り、時代に合わせて事業を変えてきた「しなやかさ」が会社の根底にあるはずだと語る。しかし、その姿勢が現在まで十分に受け継がれているかについては、慎重な見方を示す。
同社は創業家による経営から銀行主導の時代、投資ファンドによる買収を経て、現在は自動車用ねじなどを手がける株式会社メイドーの傘下にある。経営主体が変わる過程で、歴史から得られた学びや大切にすべき価値観が十分に明文化されず、経営の連続性が途切れている部分も否めない、という。
岡野氏が社長に就任してから5年目。外から見ていたときに比べ、組織には保守的な面があると感じたという。
長い歴史を持つ一方、その間に培われた考え方が必ずしも組織全体で共有されているわけではない。岡野氏は、先人たちが築いてきた歴史と伝統を引き継ぐ必要性を従業員に伝えている。
そうしたなか、現在の尾張精機が向き合っているのが、自動車産業の構造変化である。
主力製品の一つであるシンクロナイザーリングは、オートマチックトランスミッションやハイブリッド車、電気自動車への移行に伴い、需要が緩やかに減少していくことはほぼ確実な状況である。
その一方で、岡野氏は「世界で最後まで生き残る」という覚悟でこの事業に向き合っている。
対照的に、小ねじは異なる状況にある。電動化によって電子制御部品が増えることや、車体の軽量化に伴って締結方法が変わることは、新たな需要につながり、事業にとって追い風となっている。
例えば、車体部品を大きな鋳造部品として製造する「ギガキャスト」のような新しい工法では、従来とは異なる締結方法が求められる。尾張精機は、タッピングねじなどの製造で培ってきたノウハウを活かし、顧客の新しい要求に応じた製品開発や提案を進めている。
需要の増加が期待される小ねじと、縮小が見込まれるシンクロナイザーリング。異なる環境に置かれた二つの製品を抱えることが、事業の運営や人材配置にも影響を与えている。
工場集約と組織再編で、事業間の壁を取り払う
岡野氏が社長就任後に進めた大きなプロジェクトの一つが、工場の集約である。
以前は小ねじとシンクロナイザーリングの生産拠点が分かれ、組織も製品ごとに独立していた。小ねじの工場は生産量に対して手狭になる一方、シンクロナイザーリングの工場には余裕が生じていたという。
そこで岡野氏は、名古屋市東区にあった小ねじの工場を尾張旭市の拠点へ移転し、生産拠点を一つに集約した。
工場集約には大きな投資が必要だったが、岡野氏は実施してよかったと振り返る。その理由は、生産スペースを有効に活用できるようになったことだけではない。
工場が分かれていた当時は、製品ごとに従業員の所属意識が強く、互いの仕事について情報を共有したり、意見を交わしたりする機会が限られていた。
生産拠点の集約によって、これまで別々に働いていた従業員が同じ場所で仕事をするようになった。
さらに2024年11月には、製品別に分かれていた組織を機能別に再編。ひとつの組織が小ねじとシンクロナイザーリングの両方を見る体制へと改めた。
それまでは、担当する製品が違えば互いの業務に関心を持ちにくい状況があった。しかし組織再編後は、従来の仕事の進め方に対して、部門の垣根を越えて意見を交わす場面が増えてきたという。
岡野氏は、以前のように「自分はねじのことを知らない」「シンクロナイザーリングのことは知らない」という意識が薄れ、互いの仕事について議論できるようになってきたと話す。
専門性の異なる二つの事業を、単に同じ拠点へ集めるだけではなく、組織のあり方まで変える。岡野氏は工場集約をきっかけに、従業員同士の情報共有や交流を促す体制づくりに取り組んできた。
「品質第一」を、従業員一人ひとりの自分ごとに
組織の再編と並んで、岡野氏が重視してきたのが品質と安全に対する意識である。
岡野氏は、トヨタ自動車で人事や調達を経験し、重大な労働災害に直面した経験や、取引先の品質管理に関わってきた立場から、品質と安全の重要性を実感してきた。
社長就任後、岡野氏は尾張精機の経営上の優先順位に違和感を覚えたという。生産量の確保や収益を重視するあまり、品質へのこだわりが十分ではないと感じたためだ。
収益を上げることは企業として重要である。しかし、収益を優先しすぎると、時間や手間のかかる品質管理が負担に感じられることもある。岡野氏は、こうした考え方が社内に染みついていると感じていた。
そこで2022年冬、品質第一、安全第一を明確に打ち出した。
ただし、経営方針を示しただけで現場が変わるわけではなかった。品質不具合は継続発生し、作業上のミスをやむを得ないものとして捉える雰囲気も残っていたという。
岡野氏は、従業員一人ひとりが品質の問題を自分自身の仕事として考えることが必要だと感じた。社長が職場を回り、直接語りかける方法も考えたが、それだけで意識が変わるとは思えなかった。
そこで2023年から始めたのが、身近な職場の問題を題材にしたケーススタディである。
毎年11月の全国品質月間に合わせ、架空の会社を舞台にしたケーススタディを作成し、従業員が品質について考える機会を設けている。
物語には、自分の仕事のやりやすさを優先する従業員や、問題を見て見ぬふりする上司などが登場する。現場では十分に意識されていない不具合対応の費用や、問題が広がる過程も考えられる内容にした。
従業員は事前にケースを読み、職場ごとに、架空の事例と自分たちの職場を照らし合わせながら問題点を討議する。議論に慣れていない職場でも進められるよう、進行役が使う資料も用意した。
従来、同社では職場の従業員同士が一つのテーマについて議論する機会は多くなかったという。ケーススタディを通じて、これまで考えていなかった問題に気づいたり、他の従業員の意見を聞いたりする機会が生まれた。
岡野氏は、この取り組みを一度限りで終わらせず、毎年続けていく考えだ。
品質への取り組みは、ケーススタディだけではない。発生した不具合の原因を分析するため、毎日の情報共有会議や週1回の問題解決ミーティングも行っている。
こうした活動には親会社による支援もあり、岡野氏によれば、顧客への流出不具合は減少している。安全面でも、取材時点では休業災害のない期間が連続1,000日に近づいていた。
品質第一を掲げるだけでなく、なぜ問題が起きたのかを考え、従業員同士で話し合う機会をつくる。岡野氏は、品質や安全に対する意識を日々の仕事に根付かせるための取り組みを続けている。
改善を繰り返し、考える力を育てる
品質や安全への取り組みに加え、岡野氏が組織づくりで重視しているのが、従業員自身が課題を見つけ、改善に取り組む姿勢である。
その一つが、課長級・係長級の社員を対象とした改善発表会だ。
親会社の株式会社メイドーで行われている活動を参考に、尾張精機でも管理職が自らの改善テーマを発表する機会を設けた。発表回数は1人あたり2025年が年3回、2026年が年2回となっている。
発表のためには、担当する職場の現状を把握し、課題を見つけ、具体的な対策を考える必要がある。岡野氏自身も発表前の資料を一人ひとり確認し、直接指導している。
現状を把握して目標を決め、問題の要因を分析する。そして、真因を突き止め、同じ問題が再び起きないための対策になっているかを確認する。
岡野氏は、こうした考え方を繰り返し伝えてきた。
取り組みを始めた当初は、改善活動の進め方や発表内容に不十分な点も多かったという。しかし、約1年半にわたって指導を続けるなかで、問題解決のストーリーに沿った資料が提出されるようになってきた。
また、上司が部下に「下手な発表をさせられない」として、手厚い指導をする場面も増えてきた。
改善発表会は、従業員が現状を見直す機会にもなっている。岡野氏は、現状維持ではいけないという意識が、以前よりも見られるようになってきたと感じている。
こうした変化は、デジタル技術の活用にも表れている。
以前は、新しいDXの仕組みを紹介しても、現場から十分な反応が得られなかった。しかし最近では、AIなどを使ってこれまで難しかった仕事に取り組もうとする動きが出てきた。実務担当者同士で、デジタル技術の活用方法やノウハウを共有する場も設けられている。
岡野氏は、新しい技術や仕組みを紹介するだけでは、実際の活用は進みにくいと考えている。まず現場に改善しようとする意識があり、そのうえで新しい手段を取り入れることが重要だという。
もっとも、岡野氏は組織の変化を自らの働きかけだけによるものとは考えていない。投資ファンドや現在の親会社による経営への関与も、従来の仕事の進め方を見直すきっかけになっていると話す。
現状を把握し、課題を見つけ、改善を考える。そうした経験を繰り返すことが、従業員の仕事への向き合い方に少しずつ変化をもたらしている。
新規開発が少ない事業で、技術をどう継承するか
組織再編や改善活動を進める一方、尾張精機には長年培ってきた技術を次の世代へどう継承するかという課題もある。
特にシンクロナイザーリングでは、新しい製品開発の機会が限られている。
岡野氏によれば、1980年代に立ち上がった製品が現在も生産されている例があり、既存製品を長期間にわたって安定供給することが仕事の中心になっている。
品質改善やコスト削減に取り組む機会はあるものの、技術者が一から新しい部品を開発する経験を積むことは難しい。
加えて、需要が増える小ねじの事業には人員を振り向ける必要がある。縮小する事業に若手を積極的に配置しにくいという事情もあり、シンクロナイザーリングに関わる技術者の育成は容易ではない。
しかし、同製品を製造し続ける限り、必要な技術や知見を維持しなければならない。
もう一つの課題が、製造ノウハウの文書化である。
長年の製造現場では、ベテラン作業者の経験や勘によって工程が成り立っている部分も残っている。例えば、顧客から受け取った完成品の図面はあっても、第一工程、第二工程といった加工途中の状態を示す図面が十分に整備されていない場合があるという。
最終的に要求された製品が完成していても、その途中でどのような判断や加工が行われているのかが記録されていなければ、担当者が変わったときに同じ仕事を引き継ぐことは難しくなる。
そこで同社では、工程ごとの図面をはじめ、技術に関する資料の整備を進めている。
これまで十分に文書化されてこなかった情報を整理するには、多くの労力がかかる。それでも岡野氏は、必要な資料を整えていく考えを示している。
新しい仕事を通じて経験を積む機会が限られるなかで、既存の技術をどう維持し、次世代へ伝えていくか。尾張精機にとって、技術継承は今後も継続して取り組むべき課題となっている。
従業員と家族が、将来に不安を抱かない会社へ
尾張精機が掲げる「2030 尾張精機ビジョン」では、「時代の変化に拠らず、常にお客様から必要とされ続けるオンリーワン精密加工メーカー」を目指している。
小ねじでは、自動車の電動化や軽量化に伴う新しい締結ニーズに対応し、製品開発や提案を進める。一方、シンクロナイザーリングでは、市場が縮小していくなかでも顧客に製品を供給し続けることを目指している。
国内では、親会社とともに顧客企業の社内で技術展示会を開催し、技術者から直接困りごとを聞く機会を設けている。取材時点では、およそ2か月に1回のペースで開催しているという。
一般的な展示会で幅広く来場者と接するよりも、既存顧客の技術者に製品を直接見てもらい、具体的な課題を聞くことを重視している。
海外ではインド市場にも注目する。
岡野氏によれば、現地ではシンクロナイザーリングの調達環境に変化が生じ、顧客からの引き合いが増えているという。また、ねじについても現地調達のニーズが非常に高く、自動車メーカーや一次部品メーカーからの需要に対応していく考えだ。
一方、人材の確保も継続的な課題となっている。
国内での採用が難しくなるなか、同社ではベトナムの大学を卒業した技術者の採用にも取り組み始めた。岡野氏は、日本語の習得にも取り組む若い技術者の姿勢に期待を寄せている。
事業環境が変化し、人材の確保や育成のあり方も変わっていく。そのなかで、岡野氏が目指す会社の姿は、従業員とその家族に向けられている。
「従業員と家族が、会社や自分たちの人生に対して不安を持たない会社でありたい」
岡野氏は、安心という言葉を安易に使うべきではないとも話す。企業として緊張感を持ち続けることは必要だ。それでも、働く人たちが心の底では将来に不安を抱かずにいられる会社でありたいという。
創業120年の歴史を持つ尾張精機。これまで培ってきた技術や事業を受け継ぎながら、工場集約や組織再編、従業員の意識づくりに取り組んできた。
長い歴史を守ることと、従来の仕事の進め方を変えること。その両方に向き合いながら、尾張精機の組織改革は続いている。
編集部の視点
尾張精機の岡野圭社長は、需要の方向性が異なる二つの事業を抱えるなかで、工場集約と組織再編を進め、従業員が製品や部門の枠を越えて考える環境をつくってきた。品質第一の浸透や改善活動、技術資料の整備にも取り組み、長く続いてきた仕事の進め方を見直している。培ってきた技術や経験を次世代につなぐために、組織のあり方そのものを見直す必要があるのではないだろうか。
取材:ものづくり経営フォーラム編集部/文:亀田君子