この記事の結論
航空・宇宙、半導体製造装置、発電・プラント、医療機器など、高い品質が求められる領域で精密加工を手がける株式会社ウラノ。2025年に社長に就任した小林正樹氏が今、向き合っているのは、長年培ってきた技術を個人の経験にとどめず、組織として次代へつなぐことである。かつての「見て覚える」教育から、標準化、失敗事例の共有、役割と責任の明確化へ。受け継いだものを否定するのではなく、会社の成長に合わせて伝え方と組織のあり方を整えようとしている。
150人ほどだった組織に根づいていた「見て覚える」
株式会社ウラノの技術の中核にあるのは、金属を精密に加工する「削り」である。農機具の部品製造を原点に、航空・宇宙、半導体製造装置、発電・プラント、医療機器へと領域を広げてきた。
高い品質が求められる製品をつくるには、設備を導入するだけでは足りない。小林氏が繰り返し語ったのは、最終的に品質をつくるのは人だという考えである。
「どれだけいい設備を導入したとしても、それを生かすのは人ですし、新しい技術も人の発想や工夫から生まれます。最終的には、人の技術、人が品質をつくっている。その積み重ねがお客様の信頼につながると思っています」
一方、その技術をどう次の世代へ渡すかという方法は、変化を求められている。
小林氏が入社した約20年前、社内には仕事を細かく手順化して教えるより、先輩の仕事を見ながら覚えていく文化が強く残っていたという。
「私が入社した20年前は、なかなか手順で仕事を教えてくれるわけではなく、見て覚えるような考えが非常に強かったんです」
当時の社員数は150人ほどだった。それから約20年の間に人が増え、組織も拠点も広がった。小林氏は、その成長に対して教育の整備が十分には追いついてこなかった部分があると率直に話す。
組織が大きくなるなかで、従来の方法だけで技術や判断基準を伝え続けることは難しくなっている。ウラノが今取り組んでいるのは、技術そのものだけでなく、それを支えてきた判断や考え方まで、組織の中で伝えられる形にすることである。
社是を、抽象的な言葉のままにしない
ウラノが大切にしてきた考え方に「自立共存」がある。一人ひとりが自ら考えて行動しながら、互いを尊重し、ともに働く。その先に新しい挑戦を生み出していく考え方である。
ただ、小林氏は理念を掲げるだけでは組織に伝わらないとも感じている。
これまで社是は、抽象的な考え方として伝えられることが多かった。組織が拡大した今は、その言葉が仕事の中で何を意味するのかを、より具体的に伝える必要があるという。
「社是というものを、いかに分かりやすく、かみ砕いていくか。まず責任者層に落とし込んで、最終的には全社員に伝わるような形を取ろうとしているところです」
小林氏自身、社長へ就任してまだ間もない。就任後に大きく方向転換したというより、「引き継いで、よくしていく」段階だと表現する。
受け継いだ価値観を変えるのではなく、組織の現在地に合わせて伝え直す。その姿勢は、人材育成だけでなく、品質管理や組織体制の見直しにも表れている。
失敗を、個人の経験だけで終わらせない
航空機をはじめ、ウラノが関わる製品には高い品質が求められる。一度つくり方を覚えれば終わりではなく、5年、10年、20年と同じ品質で供給を続けるための仕組みが必要になる。
その基盤となっているのが、JIS Q 9100をもとに構築した品質マネジメントシステムである。
従来、職人個人に依存していた技術や、「見て覚える」ことで伝えていた内容を、現在は技術標準書や工場標準書などの形にしている。そのなかで小林氏が特に重視しているのが、失敗を記録し、共有することである。
「一番大切なのは、やっぱり失敗事例ですね。同じ失敗を繰り返さないために、事例をきちんと取って、細部の人たちまで周知することが重要だと思っています」
図面通りに削って終わりではなく、少しでも気になることがあれば現場で立ち止まり、部門を越えて確認し合う。そうした品質への姿勢と、失敗の共有が組織の基盤となる。
一人の熟練者の経験だけに知識をとどめず、他の人が使える状態にしていく。同じものを、同じ環境の中で、同じ品質でつくり続けるために必要な知識を組織へ残していくことが、ウラノの技術継承の一つの形になっている。
「誰がやるのか」が曖昧な組織を見直す
技術の標準化と並行して、小林氏が課題として挙げたのが、組織における責任の所在である。
会社の規模が大きくなるにつれ、部門ごとの役割や責任範囲が曖昧になった時期があったという。たとえば納期管理では、営業と生産管理のどちらが最後まで責任を負うのかが不明確になり、問題解決まで進まないケースもあった。
小林氏は、その状況を隠さずに語った。
「責任の所在が不明確なうえに、最後までやり切る力が欠けていた部分がありました」
そこで各部門に執行役員を置き、役割と責任を明確にした。役員同士が部門を越えて連携し、必要に応じて横断的なプロジェクトチームをつくる。プロジェクトには進行を担うファシリテーターを置き、情報伝達のスピードも意識するようになった。
重要なのは、新しい役職を設けたことそのものではない。誰がその課題を担い、誰が最後までやり切るのかを曖昧にしないことにある。
「役割や責任をきちっと明確にして、コントロールする人を置きながら、最後までやり切る責任感を持ってもらいたい。今はそこをすごく大事にしています」
もっとも、小林氏は現在の状態を完成形とは見ていない。「まだできていない部分もたくさんある」「深めている最中」と話す。
組織を変えたから問題が解決したのではなく、責任を明確にする仕組みをつくり、運用しながら改善を続けている段階なのである。
技術を教えるだけでは、継承にならない
人材育成について、小林氏は技術を一方的に教えるだけでは十分ではないと考えている。
分からないことを気軽に相談できる雰囲気をつくり、人と人との接点を増やす。毎月の1on1では、本人が望むことと、会社が期待する役割を擦り合わせる。資格取得や技能検定への支援も充実させながら、社員自身の成長意欲につなげようとしている。
求める人材についても、加工経験だけを条件にはしていない。
「ものをつくることが好きで、細かな作業が得意で、その中でも探究心がありながら、コミュニケーションを大切にできる。そういう姿勢を持つ方を重視しています」
ものづくりの技術は、一人で完結するものではない。営業、生産技術、製造、品質保証などが関わり、分からないことや異常があれば相談しながら品質を守る。だからこそ、探究心と同時に、人と関わる力も重視している。
その考えは、工場の外にも広がっている。
食や農業に関わる活動を始めた当初、社内には「なぜものづくりの会社が農業をやるのか」という反応もあったという。それでも継続するなかで、社員と地域の人々が一緒に田植えや稲刈りをしたり、食をテーマにした活動を行ったりする機会が生まれた。
小林氏は、こうした活動について、社員が自然に触れて気持ちをリフレッシュできる場になればとの考えを語っている。人が働く環境や、会社の文化にもつながる取り組みである。
引き継いだものを、今の組織に合わせてつなぎ直す
小林氏が語る組織づくりには、過去のやり方を否定する言葉がほとんどない。
「見て覚える」ことで高い技術を身につけてきた人がいる。職人の経験がウラノの品質を支えてきたことも事実である。一方、社員が増え、複数の拠点を持つ現在、そのままの方法ですべてを次世代へ伝えることは難しくなっている。
だから標準書を整える。失敗事例を残す。責任の所在を明らかにする。責任者に社是を具体的に伝え、社員との対話を増やす。
それぞれは派手な施策ではない。しかし小林氏が「引き継いで、よくしていく」と表現した現在の経営は、こうした一つひとつの積み重ねに表れている。
「人材育成や品質への投資は、すぐに成果や効果が見えるものではありません。短期的な利益よりも、長く信頼される企業でありたいということを重視しながら、意思決定を行えればと思っています」
設備だけでは、ものはつくれない。そして、優れた個人がいるだけでも、技術を長く残していくことはできない。
ウラノが今取り組んでいるのは、これまで人が築いてきた技術や考え方を、次の人が受け取れる組織へ変えていくことである。
編集部の視点
ウラノの取り組みから見えるのは、技術継承を個人の技能だけの問題にせず、教育、品質管理、役割と責任の設計まで含めて見直していることである。小林氏は「自立共存」を大切にしながら、失敗を共有し、責任を明確にし、人材育成や品質への投資を続けようとしている。自社の技術や判断は、特定の人がいなくても次の世代へ渡せる状態になっているだろうか。
取材:ものづくり経営フォーラム編集部 / 文:亀田君子