この記事の結論
ABM(アカウントベースドマーケティング)は、売上や成長への貢献が期待できる企業を選び、その企業全体を一つの「顧客」と捉えて営業・マーケティング活動を設計する考え方です。
製造業では、設備投資や部材採用のように受注までの期間が長く、技術・購買・製造・経営など複数部門が意思決定に関わる商談が少なくありません。そのため、問い合わせ件数だけを追う営業よりも、「どの企業との取引を深めるべきか」を経営側で定めることが重要になります。
ABMの本質はツール導入やパーソナライズ施策ではなく、限られた経営資源をどの顧客に配分するかという経営判断にあります。
ABMとは?BtoB営業で「企業単位」に顧客を見る考え方
ABM(Account-Based Marketing/アカウントベースドマーケティング)とは、売上や成長への貢献が期待できる特定企業を選定し、その企業を一つの単位として営業・マーケティング活動を設計する手法です。
従来型のリード獲得を起点とするBtoBマーケティングでは、まず幅広く見込み顧客を集め、その中から商談につながる相手を絞り込んでいきます。
一方、ABMでは順序が逆です。
最初に「自社が取引すべき企業はどこか」を決め、その企業に必要な情報や提案、接点を設計します。
製造業で考えるなら、単に「問い合わせを100件集める」ことよりも、
- 自社の技術と相性がよい企業
- 今後の設備投資や生産拡大が見込まれる企業
- 継続受注や他部門への展開が期待できる企業
- 自社の得意分野を高く評価してくれる企業
といった相手を見極め、限られた営業資源を集中させる考え方です。
GartnerもABMについて、新規顧客の獲得だけでなく、既存顧客からの売上拡大や営業部門との連携を目的としてBtoB企業が活用するアプローチと位置づけています。
出典:Gartner「Magic Quadrant for Account-Based Marketing Platforms」
従来型の営業・マーケティングとABMの違い
| 比較項目 | 従来型のアプローチ | ABM |
| 起点 | 幅広く見込み顧客を集める | 攻略したい企業を先に決める |
| 管理単位 | 個人・リード | 企業・アカウント |
| 重視する指標 | 問い合わせ数、リード数 | 対象企業との接点、案件化、売上 |
| 情報提供 | 多数の顧客に共通する内容 | 対象企業の課題に応じて設計 |
| 営業との関係 | 部門ごとに活動しやすい | 営業・マーケティングが対象企業を共有 |
| 向いている取引 | 比較的単純・短期の購買 | 高単価・長期・複数部門が関与する購買 |
重要なのは、ABMを「メールを顧客別に変える手法」と捉えないことです。
誰に売るのかを先に決め、それに合わせて組織の動きを変えることがABMの出発点です。
なぜ製造業のBtoB営業とABMは相性がよいのか
製造業のBtoB取引には、ABMと親和性の高い特徴があります。
設備、部品、素材、受託加工などでは、購買担当者一人だけで意思決定するケースは限定的です。
技術部門が仕様を評価し、生産部門が運用を確認し、購買部門が価格や調達条件を精査し、最終的に経営層が投資判断をすることもあります。
Forresterの2026年調査では、典型的なBtoBの購買意思決定には社内の13人、さらに社外の9人の関係者が関与すると報告されています。複雑または戦略的な購買では、さらに関係者が増える傾向も示されています。
出典:Forrester「The State Of Business Buying, 2026」
日本を含むアジア太平洋地域についても、Forresterの2024年調査では、BtoB購買に関わる人数の中央値は8人で、47%の企業では10人以上が購買判断に関与していたと報告されています。
出典:Forrester「The Complexity Of The B2B Buying Process In Asia Pacific」
つまり、ある企業の購買担当者一人と良好な関係を築くだけでは、案件を前に進められない可能性があります。
「誰が担当者か」ではなく、「その企業では誰が、どのような基準で意思決定しているのか」を捉えることが重要です。
「担当者への営業」から「組織への営業」へ
例えば工作機械を提案する場合でも、それぞれの立場で関心は異なります。
生産部門は生産性や停止時間、技術部門は精度や仕様への適合性、購買部門は価格や納期、供給安定性を確認します。そして経営者は、投資回収や競争力への影響を判断します。
担当者一人だけに製品の特徴を説明し続けても、社内合意形成が進むとは限りません。
ABMでは、それぞれに別の商品を売り込むのではなく、その企業が共通して解決すべき経営課題を軸に、意思決定を支援する情報を整えることが重要になります。
Gartnerも、BtoB購買において個人別に内容を細かく変えすぎると、社内の関心が分断され、意思決定を遅らせる可能性を指摘しています。重要なのは、購買グループ全体が共有できる判断材料を提供することです。
出典:Gartner「Help B2B Buyers Navigate Change Management for Complex Purchases」
ABMのメリットは「売上」より先に営業資源の配分にある
ABMについては、「成約率が上がる」「LTVが向上する」と説明されることがあります。
しかし、すべての企業で同じ成果が出るわけではありません。
経営者がまず見るべきなのは、ABMによって営業資源をどこへ配分するかが明確になることです。
重要顧客に経営資源を集中できる
営業人員に限りがある企業では、すべての見込み顧客へ同じ労力をかけることは現実的ではありません。
ところがターゲットを明確にしないまま営業活動を続けると、
- 問い合わせが来た企業から順番に対応する
- 展示会で名刺交換した企業を一律に追う
- 担当営業が知っている企業を優先する
といった判断に陥ることがあります。
ABMでは、まず会社として重要な企業を定義します。
これにより、営業訪問、技術担当者の同行、提案書作成、サンプル提供、セミナー、コンテンツ制作といった活動を、優先順位の高い企業へ配分しやすくなります。
営業とマーケティングの評価軸をそろえられる
ABMでは、マーケティング部門が「問い合わせ数」、営業部門が「売上」という別々の指標だけを見る状態を避ける必要があります。
共通して見るべきなのは、「重要顧客との関係がどこまで進んだか」です。
GartnerはABMの成果測定について、一般的な需要創出施策とは異なる指標が必要であり、アカウント単位の指標や案件パイプライン、購買グループの行動などを見るべきだとしています。
出典:Gartner「How to Measure Account-Based Marketing Success」
製造業であれば、問い合わせが増えていなくても、戦略顧客の別工場と商談が始まった、技術部門との接点が生まれた、次期設備計画の情報が得られたのであれば、関係は前進しています。
「何件集めたか」だけではなく、「狙った企業との取引可能性をどこまで高めたか」を見る。
これがABMの評価軸です。
ABMを導入する前に経営者が決めるべき3つのこと
ABMを始める際に、最初から高度なシステムを入れる必要はありません。
むしろ、ツールより先に経営として決めるべきことがあります。